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tOkYo rAiDeRsによる観戦試合のメモです。次節のためにウソをつくこともありますのでご了承ください。


JFL 第23節  02/10/2004 18:00 K.O.

大塚製薬 1-0 佐川急便東京SC

鳴門市総合運動公園陸上競技場 晴

「…この車は、渦潮を直接御覧いただける、阿波エクスプレス徳島行きでございます」

神戸三ノ宮から明石海峡をまたぎ、四国へとひた走るバスの車内では、女性の声でそんなアナウンスが流れていた。

鳴門へのアクセスは、この高速バスの存在のおかげで、関西圏からならかなり便利だ、というのが定評であるらしかった。 しかし、それはあくまでも「関西圏からなら」という但し書きがついての話だ。当たり前だが東京都内から行く場合は、三ノ宮までだって相当遠い。 若干の疲労から、幾分重くなってきたまぶたの隙間から、車窓に映る海面を覗いては見たが、渦潮なんぞ見えやしない。

高速鳴門のバス停に着くと、高速道路と一般道をつなぐ坂を上り下りするための、なんとかという黄色いちいさな箱車状の自動式モノレールが、利用客を迎えてくれた。 おそらく観光なのだろう。前を行く数人の女子中学生が物珍しそうに乗り込んでいく。僕も興味本位に 乗ってみた。小さな車内は10人も乗れば、いっぱいという感じだった。ガタンという音ともに、箱車はゆっくりと坂を下り始めた。動き出すと、間髪入れずに

「鳴門へようこそ!…ここ鳴門は、歴史と文化に彩られた観光都市です。古くは…うんぬん」

という、女性の声のアナウンスが聞こえてきた。大仰な文句に思わず苦笑しそうになる。

両ゴール裏がスタンド席でバック側が芝生席という変わった構造の鳴門総合公園陸上競技場に到着すると、僕は大塚のものよりデザイン的に優れている佐川東京の青色のKitを着込む。 普段こういったモノを着たりしないので、こんなことは珍しい。青色の服を着た人は、無料という事だったからである。佐川東京のチームカラーが青(&グレイ&ホワイト)であることを大塚は知らなかったらしい。 まんまと中に入ると、僕はkitを脱いだ。青のままでは大塚のサポーターと一緒になってしまうからだ。

スタジアムでは、DJがしきりに「Jリーグ」「Jリーグ」と言っている。ずっと何かしら喋っている。さらには、試合中選手の交代時も派手にBGMが流され、個人的な感覚としては興を殺ぐ事おびただしかった。 徳島という土地は、意外と小うるさいところなのだろうか?(苦笑)「J」といえば、入り口で渡されたチラシにも「Jリーグ」「Jリーグ」とやたら書かれている。この試合は、大塚がJ入りを 正式に申請して以来初めてのホーム試合ということであった。ふーん。来年は大塚とやることもないのだろう。やはり最後に勝って終わりたい。

さて、試合。大塚は、DFの要石川、行友、左の片岡と、主力を怪我、もしくはサスペンションで欠いている苦しい布陣で臨んできた。リザーブには4人しか入っていなかったというのも、 苦境を如実に物語っていた。が、単純な頭数と、真の意味での選手層の厚さはイコールではない。特にDFラインでは本来のボランチから一段下がってラインを統率した筒井と、笠木番をこなした中尾の奮闘が光った。 中盤の労働者タイプである鎌田も厄介だ。佐川東京は、予想通りポゼッションでは優位に立ったものの、大塚DF陣の粘りと中盤からの出足の良い守備に手を焼き、決定機までつなげない。 レフェリングは、わかりやすくホーム寄り。

主力が抜けた事により、逆に全体的な守備への意志統一が図れたのかもしれない。中央のみならず、両サイドも専守防衛に徹しており、サイドの裏スペースという佐川東京の攻撃パターンのひとつにしっかりとフタ をされてしまった。ターゲットの笠木が抑えられ、前が手詰まり気味にはなるものの、中盤をコンパクトにという意識は変わらない佐川東京は、本調子には程遠いものの、やはりJFL最強の2トップには 他ならない風格を見せる林、大島にコンスタントに裏を取られるようになった。大島のボレーを佐野が間一髪防ぐ。ピンチを防いだ佐野が、DFラインに「もっと声で連携を」というようなジェスチャーと叱咤を していたようであった。嫌なスパイラルが渦を巻き始めた。

佐川東京もセットプレイなどからチャンスを掴み始めるが、モノにできない。それにしても本当に良く集中し、守った後はきっちりと速攻につなげる大塚であった。愚直ながらもシンの強さが見える戦いぶりだ。 ここ最近の対戦相手に比べるとやはりダンチだ。そうこうしているうちに、失点のシーンを迎えた。正直、前述の通り、兆候は漂っていたので、そうなった時も、驚きはしたが意外ではなかった。 これが前半終了間際の時間帯、で、点取り屋である林がキッチリと決めたいうあたりもこの試合というものを象徴している気がした。

後半、予想通り東京ベンチが動く。笠木out山本in。結果論ではあるが、空中戦という手段が抑えられ、また、終了直前に伊藤がトップに張るまで(といってもこれも功を奏さなかったが) 自らも使えなかったというのは痛いといえば痛い。とはいえ、マサオの投入で前線にタメができ、サイドのスペースも生き始め、攻勢が生まれる。 しかし、急造ながら鉄壁の守備を築き上げた(むしろスクランブルだからこそ機能したという見方もできる)大塚最終ラインの粘りの前に、真の意味での決定機はなかなか生まれない。後半アタマの攻勢をモノに出来ず、時間が経つと、大塚の守備陣も落ち着きを取り戻し、カウンターを繰り出され…。 佐川東京の攻撃はどんどん手詰まりになり…という悪魔のスパイラルが渦潮のようにぐるぐると回って…。 これ以上は、もうカンベンしてください…(苦笑)

敗れた。最小のスコア差。 ポゼッションでは優位。(公式記録では佐川東京のシュートが5本となっているようだが、嘘だ。)…しかし、それが何になろうか? 悔しいには違いないが、大塚の手堅い戦いぶり、守備ブロックの奮闘ぶりをみるにつけ、不思議と達観して負けを受け入れようとしている自分がいた。こういった状況で、しっかり3ポイントを取れる大塚の底力、である。 例えば各国フットボールネイションの優勝チームこそ、こういったギリの試合をしっかりと勝ちきれているし、そういった勝利こそが評価されるのではないか?佐川東京にとっては、敗れた事で教訓になっただろう。後日談になるが、どうも大塚側のファンやメディアには この試合ぶりを歓迎していない声が多かったようである。随分贅沢な話だ(苦笑)。まあ、いい。 試合後。訥々とした口調でインタビューに応える田中監督であったが、こんな試合こそ指揮官冥利に尽きるというものだろう。実は心中嬉しくて仕方ないという感じか。クソッ。

今後しばらく訪れそうもない鳴門スタジアムだ。事情のわかっているフットボールファンなら、もう少し余韻にでも浸っていたかもしれないが、 とっとと帰途に着いた。もう一刻も早くこの場を去りたかった。尾羽打ち枯らして、帰り道を急ぐ。道すがらもう一度考えてみた。考えれば考えるほど、悔しさが蘇ってくる。なぜ、勝てないのか? ピッチ上の選手は、最大限の努力をしたと思う。だが、何かが足りなかった。 僅かな差のように見えるが、その差は深く、大きい。佐川東京は、これまで組織の構築という意味ではかなりの位置まで持って来ていた。これは言えるだろう。だが、反面、バランスを保とうとしすぎるがあまり、 ひとたび悪くなった流れを大きく変えられないという、 組織で勝つチームに見られがちな症状に、自ら陥りかけている気がする。試合の中のキモになる部分では、時にはもっとバランスを崩してでも、という事はないだろうか?

疲労困憊で、高速鳴門のバス停にたどりつく。来る時にも乗った黄色い箱車に乗りこむ。ガタンという音ともに、箱車はゆっくりと坂を上り始めた。動き出すと、間髪入れずに

「鳴門は、いかがでしたか?」

という、女性の声のアナウンスが聞こえてきた。「うるせえ」と言い返すのが、その時の僕に出来る精一杯の抵抗であった。(K)


追伸 佐野選手へ。失点は、たしかにつまらなく、取るに足らないものでした。でも、あなたの働きがなければもっと失点していたかもしれない。人生にはこういう時もある。 また、頑張ればいいじゃないか。




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